ざっと、さっと
私の趣味は「料理」と「読書」です。
この二つに取り組む初心者の私が
数々の本やレシピを沢山読んでいくなかで
迷うことがありました。
それが「ざっと読む」「さっと湯通しする」という「ざっと」「さっと」という言葉です。
ざっと?さっと?・・・???
例えば、
読書をする際になかなか内容が理解できず、
頭に入ってこないというある種人類共通の
悩みの解決方法として各種の読書家の方が
書いた「読書法」の本にはたいてい、
”まずは「ざっと文章に目を通す」
やら
「ざっと目次を眺める」などして全体を把握した後に本文を読み始める”
というくだりがあります。
料理に関しても、「ほんれんそうはさっと煮る」やら「霜降りはお湯を魚の表面がさっと白くなる程度にかける」やら「さっと」の連発です。
そして初心者の私は、「ざっと」読んで全体を把握できず立ち止まり、「さっと」ほうれん草を煮てくたくたになる。
ならん。この人たちの言うとおり「ざっと」「さっと」やったのに、全体像は把握できず、ほうれん草はまずくなる。
なんなんだこれは?何が起こっているんだ?
そして一つの理解に達するのです。
「そうか!これはその著者の『できる』感覚なのだ。それを言語化すると「ざっと」「さっと」になるのだ。」
そして、こうも思うのです。
「手ぇ、抜いたな???」
この「さっと、さっと」という言葉には、著者が無意識に会得した手順やそれを完遂する時間があるはずです。
これを著者が「これくらい読者もわかるやろ」という勘違いで掲載せず「さっと」「ざっと」ということばで省いているわけです。
ところが、初心者は違います。初心者は著者の想像をはるかに超えて無知です。
そして、一番最初のカンタン常識といわれる部分をほとんどの本が省いています。
ここに著者と読者の大きなギャップがあると思うのです。
さて、このことに気がついた一部の著者が最近増えてきてこのギャップを埋める努力をしているように思えます。
それが数値化です。
例えば、ステーキを焼くとき
「フライパンを煙が出るまで熱して、常温に戻した肉に塩コショウをすり込み、片面を3分、ひっくり返して1分でやくとミディアムレアで焼けます」
と書いてあります。
しかし、これすらダメなのは実際にやってみた方ならお分かりかと思います。
そうです。
肉によっては厚みが違うからです。
薄い肉ですとこの焼き方ではミディアムからウェルダンになります。
逆に3センチを超える厚みの肉ですと下手すると中身はナマのままです。
こうしたことを補うために「厚めの肉はアルミホイルで保温して余熱で熱を加える」という仮説もありますが、これもしかり。
そうです。感覚だけでも数値だけでもダメなのです。両方いるということです。
それは何か。
ステーキの場合は、肉を焼くことで肉質が徐々に固くなるという感覚です。
これを確認するには「肉に触る」しかありません。
これを身に着けるといかなる厚みの肉も安定して好みの焼き加減に仕上げることができきます。
近いところで言うと「温度計」を使うというのがより確実です。
このように、初学者にはこうかいて欲しいのです。
「1.肉は冷蔵庫から出して常温(25度)に戻す
2.フライパンを白い煙がでるまで熱する(大体**℃)火を止める
3.フライパンに油を小さじ1(5cc)入れて全体になじませる」
4.フライパンに肉を置いてから中火で焼き始める
5.肉を横から見て肉の側面が厚みの半分白くなったら、一度指で肉を押してみて、半分の厚みでたくなっていることを確認したらひっくり返す
6.肉の側面を見てサイドが白くなったら完成
もしかしたら、これでも人によっては「まだわかりにくい」と思うかもしれません。
だとしたら、私もまた、
これを著者が「これくらい読者もわかるやろ」という勘違いで掲載せず、ことばを省いているわけです。
この見えない前提については後日書いて見たいと思います。