進化する趣味
つい先日、ある特殊ルートより
「ブログ見てます!いつ更新するのですか?ブログ見てます!」
という、令和一発目のリクエストがあるとの情報を入手いたしました。
世の中コロナにより引きこもり需要が増す中、こんな私のブログにさえ需要があるということに素直に驚くと共に、これまで手を抜きに抜いて魂まで抜ける私のブログをお待ちいただいている読者の皆様に置かれましては謹んでお詫びと御礼を申し上げます。
これから先もきっときっと「急にブログを連投したかと思えば、いきなり数ヶ月は放置し忘れた頃に更新する」スタイルとなります。
どうぞよろしくお願いします。
さて、
私の趣味は「料理」です。
これは私のブログ読者であれば周知のことと存じます。
理由はストレス発散できると思うからです。
既に本屋や頭の中におおよその完成形が存在し、大よその手順と時間がレシピとして存在し、基本その通りに作ればまあまあ満足のいく料理が完成する。それを喜んでくれる家族がいる。つまり、
「誰かの役に立っている」
という人間の生きる意味を料理という仕事を通して確認することができるのです。
ドラッカー的に言えば「社会が機能するためには、一人ひとりの人間に「位置」と「役割」があって、かつ、そこに存在する権力に「正当性」がなければならない。」という「社会における一般理論@上田」の実現が料理を通じて可能であるわけです。私にとってはですけど。
小さな社会である「家庭」の中において、私は料理をする「役割」と「位置」があり、かつ家族に喜んでもらうために料理をしてよいという「正統性」があるのです。こうして、「家族」という小さな社会は機能するわけです。
うーん、カタイ!
本業の仕事ではなかなかこのプロセスを含む喜びを感じることがまだ十分にないという意味で
「ストレスフル」な私にとって、料理は言ってみれば「仕事による貢献感の補助」の役割を担っているわけです。
そんなストレス発散を目的とした料理ですが最近ストレスがたまっていました。
原因は
「包丁が切れない」
ことです。
仕方がないとは理解していますが、やはり切り続けると切れなくなります。
「じゃあ研げばよい。」
しかし、中学校時代に父から研ぎ方を数回教わった程度では砥石を使用した包丁研ぎはできませんので、しかたなくこれまではシャープナーを使用していました。
シャープナーを使用するとその瞬間はなんとなく切れ味が戻った気になるのですがすぐにもとのなまくら刀になります。
そんな包丁で趣味のネギの小口切りやきゅうりの輪切りをすると、必ず繋がった状態になります。これがストレスなのです。
「もう、もーう、我慢できん!砥石を買う。
買って自力で包丁を研げる男になる!」@ルフィ
そしてと石を購入。
近年は動画で包丁研ぎを教えてくれるサイトもありますので何度も何度も見てエアー包丁研ぎをして本番に臨みます。
結果、上手くいかん。
10円玉2-3枚を動画の通りにおいて、力加減もその通りに、角度は45度で20回程度を目安に研いだのに。。。
コピー用紙が斜めに切れん。
トマトが横からスーと薄い紙のように切れん。
補助器具を買う。
装着。
カエリができた。
再挑戦。
結果。
「むふぅ」@王騎将軍
できました。
コピー用紙が斜めに切れた。
トマトも未来が見通せるほど薄く切れました。
次の段階として、
トンボがその刃先に触れただけで真っ二つに切れたという徳川家康の側近四天王のひとりで本多忠勝所有である伝説の名槍「トンボ切り」のような切れ味を我が包丁に纏わせたいと思います。
PS:最後に、読者の皆様の声が、最近、酒で意識を無くすようになった43歳の中年親父の脳への刺激となりますので、定期的に刺激を与えて下されば幸いです。