言葉、その解釈をめぐっての考察

毎週日曜日は基本的にお休みです。
当然のことながら、休日はバリにバカンスへ行ったつもりで
子供2名を連れてあっちやらこっちやらに行きます。
今回は息子の念願である恐竜を見に、北九州の「いのちの旅自然博物館」へ。
もう3回目。
大人としてはもういいやろ。
命の旅はもうわかった。
しかし、2歳の息子と3歳の娘は、毎回が1回目。
あらたな発見があるようで、今回の発見はマンモスのう○こが
自分たちの頭ぐらいのサイズがあることに驚いていた様子。
ふと眼を放すと息子が達入れ禁止枠をスルーして展示されている恐竜の化石に
触れている。
「この恐竜の化石はわが博物館にしかないとても貴重なものですよ」的な掲示物を見ながら
それを素手で触る息子。
この化石に何かがあったらパパの稼ぎでは到底弁償できないので止めて下さい。
さて、腹が減ったのでジョイフルへイン。
娘いわく「水が飲みたい」
よし、パパが水を調達してきてやろうと思い「じゃあ、ここにおりよ」と言い残し水汲みへ。
ところが席に戻ると娘がおらん。
「なんでおらんと。おりよっていったやろ」@私
『だからパパがおりよっていったからおりよう』@娘
「・・・・????」
答え:「おりよ=ここにいなさい」『おりよ=ここから降りなさい』
双方とも正しい。
しかし、この程度ではないが大人の世界でも似たようなことは多々あります。
まあ、私の言語レベルも3歳児が勘違いするレベルってことですね。

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